2020.12.16
デジタル広告における、Cookieレス・IDレスの影響について(2020年12月時点)
デジタル広告の背景から、今まさに転換期を迎えている広告ターゲティング手法について整理し、その大きな流れの中心にいるGoogle・Appleの2代プラットフォーマーの動きと、周辺プレーヤーの対応策を簡潔にまとめました。
目次
はじめに
PCやスマートフォンに表示されるデジタル広告。市場規模は1.6兆円を超え、経済活動を行う上での重要なインフラとなっています。 TVCM、新聞、雑誌など他広告と異なるデジタル広告の大きな特徴のひとつに、"広告を届けたい相手にピンポイントに届けられる"こと(ターゲティング)が挙げられます。
いままでのターゲティングはユーザ情報の取得が前提となっています。しかしながら、プライバシー保護の機運の盛り上がりにより、ユーザ情報取得の制限が行われつつあります。
では、このままデジタル広告のターゲティングは過去のものとなるのでしょうか?
ターゲティングの効果が下がることで、事業の広告宣伝効率も下がってしまうのでしょうか?
この記事では、上記を考える材料として、Google・Appleという、インターネット接続における2大プラットフォーマーの動向と、他広告配信プレーヤーの対応策・ソリューションについてまとめています。
デジタル広告ターゲティングの背景
ターゲティングによるデジタル広告配信とは
あらためて、ターゲティングとは、"商品を売りたい相手を絞ること"を指します。広告では、年齢・性別・興味関心などが異なるユーザをカテゴリ(例えば「30代・男性」など)に分け、販促を行うといった活用を意味します。
ターゲティングの目的は、売りたい商品にマッチしたユーザに広告を効率的に配信することであり、広告効果最大化を狙い、手法が改善されてきました。
主流となる手法は、ページ内容にマッチする商品の広告を配信するコンテンツターゲティングから、ユーザ個々の興味関心にマッチした広告を配信するオーディエンスターゲティングへと変化し、結果として市場は堅調に成長してきました。(図1上参照)
図1:インターネット広告媒体費の推移とターゲティング手法の変化
Webページと広告をマッチングするコンテンツターゲティング
コンテンツターゲティングとは、ターゲットとしたユーザ層が興味関心を持つであろうコンテンツに広告配信を行う手法です。
配信時にキーワードを設定して、Webページのコンテンツ内にあるキーワードとマッチさせます。例えば"コスメ"と設定することで、人気コスメを紹介する記事などに広告が表示され、コスメに興味を持ちWebページを閲覧する層に効率的に訴求することができます。
個人の情報を利用するオーディエンスターゲティング
オーディエンスターゲティングは、ユーザ個々の興味関心・行動履歴などの情報を使い、欲求に基づいた広告を表示します。クリックなどに結び付きやすく広告効果が高いため、デジタル広告ターゲティングの主流となっています。
個人の情報(興味関心・行動履歴・閲覧履歴・端末情報など)は、Cookieや広告ID(広告識別子)に紐づいており、これらは、デジタル広告配信の最適化や広告効果検証のために、広告に携わる多くのプレーヤー達に利用されます。
- Cookie:Webサイトを訪問したユーザのデータを一時的に記録し、ログイン状態の保持などWeb体験の利便性を向上させる仕組み
- 広告ID(広告識別子):iOSやAndroidの端末ごとに個別で付与されるID
デジタル広告ターゲティング手法の転換
これまではユーザが意識しないところで個人の情報が利用されている状況でしたが、"本来はユーザ自らがコントロールできるようにすべき"というプライバシー保護の考え方が世界的にも進み、状況が変わってきています。
具体的にはGoogle・Appleなど大手プラットフォーマーがCookieや広告ID(広告識別子)の利用を制限することで、"人"へのターゲティングが難しくなりつつあります。
インターネットへのアクセスにおいて、Web・アプリともにGoogleとAppleが支配的で、この2大プラットフォーマーの動きが、デジタル広告に携わる他のプレーヤーに大きな影響を及ぼします。そしてGoogle、AppleともにCookieや広告ID(広告識別子)の利用制限を打ち出しています。以下、その内容を見ていきましょう。
図2:2大プラットフォーマーの規制と代替案
(*1)ITP…AppleがSafariに搭載しているトラッキング防止機能のこと
(*2)API…ソフトウェアの一部を外部に公開し、機能を共有する仕組みのこと
(*3)AAID…GoogleがユーザーのAndroid端末にランダムに割り当てる広告ID(広告識別子)
(*4)IDFA…AppleがユーザーのiOS端末にランダムに割り当てる広告ID(広告識別子)
Googleが用意する代替手段
ChromeブラウザでのCookie利用制限に関しては、Google自らが「Privacy Sandbox」プロジェクト(ターゲティングや効果測定、アドフラウド(広告不正)防止に関するAPIを提供する枠組み)を立ち上げて、Cookieに替わる仕組みを提唱し、広く業界からフィードバックを集めています。Criteo(*5)も改善案を提唱するなど議論は活発で、現段階では以下がターゲティングのための主なフレームワークとなっています。
- TURTLEDOVE(Google):2020年2月
- 個人の情報を匿名化し、特定の興味関心でグルーピングした上で、ユーザのブラウザ(端末)上で広告を入札するため、ユーザのプライバシー保護が可能
- ユーザの興味関心グループと広告配信で設定した興味関心グループをマッチさせる仕組み
- 課題は、ブラウザの通信速度への負荷・データ共有が不可・リアルタイムデータではない、など
- SPARROW(Criteo):2020年5月
- 公平な第三者である"ゲートキーパー"が個人の情報を匿名化し、リアルタイム入札を行い、他のプレーヤーにも共有することでリターゲティングを可能に
- 課題は公平な第三者プレーヤーの選定、セキュリティ問題など
- Dovekey(Google):2020年9月
- ユーザを興味関心でグルーピングして匿名化しつつ、"ゲートキーパー"機能の運用を単純化した"キーバリューサーバ"で透明性を確保する仕組みで、現在最も新しい提案となっている
- 運用は公平な中間プレーヤーが行い、ユーザの興味関心情報をキーにして広告配信の興味関心グループとマッチさせる
図3:Google・Criteoの提案
Appleが用意する代替手段
アプリの広告ID利用制限に対しては、AppleがSKAdNetworkというフレームワークを提案しています。広告主や代理店は、事前にAppleに登録することで特定の広告キャンペーンに広告成果の情報を設定可能になり、SKAdNetworkで取得したデータで検証が行えます。ただし、データはラストクリックデータ(*6)のみであったり、リターゲティング(*7)はほぼ不可能であったりと、広告IDを使って取得できるデータに比べると不足感のあるものです。
SKAdNetworkの仕組み
- 広告成果は広告IDを介さず取得できるが、ユーザ固有のデータは取得できず、さらに匿名化され集約された後のデータのためリアルタイムデータではない(24〜48時間ほど遅れる)
- 外部データとの連携が不可能、各ネットワークが設定できるデジタル広告キャンペーンは100種類まで、など制限が多い
図4:SKAdNetworkの仕組み
https://developer.apple.com/documentation/storekit/skadnetwork
SKAdNetworkの不足分を補う機能を追加したソリューションを提供するプレーヤーも登場していますが、実際にどれほどの精度のターゲティングが可能かは未知数です。
- ex)Singular:マーケティングソリューションを提供する米国企業
- SKAdNetworkが生成した、様々な広告ネットワーク経由のデータを集約し、検証、重複排除などを行ってからクライアントにレポート
- FingerPrint計測(後述)などの既存の手法も駆使して、シームレスなソリューションを目指す
(*5)Criteo…ダイナミックリターゲティング広告で世界のパブリッシャーに選ばれる仏のアドテク企業
(*6)ラストクリックデータ…広告の目的が果たされた(成果地点)直前のクリックデータのこと
(*7)リターゲティング…一度でも自社サイト/アプリに訪問したことがあるユーザに対して広告を配信すること
他プレーヤーのソリューション
Google・Appleによる代替手段に関しては、検証が進められている段階であり、高い精度のターゲティングが確実とは言い切れない状況です。そのため広告効果の低下を懸念して、国内外の他プレーヤーも代替手段を模索しています。主なソリューションを以下の4つに分類しました。
AppleのITP規制(Web)に対応するソリューション:Googleタグマネージャの新機能「サーバサイドタグ」
Googleタグマネージャとは、サイトのHTML内にJavaScriptの広告用タグを記述してタグの管理を行うツールで、広告用タグの一元管理や広告キャンペーンの計測が可能です。
Googleは新機能として2020年8月、HTML内への記述ではなくサーバ側で動くサーバサイドタグ(サーバコンテナ)のβ版を公開しました。明言していませんが、これはサーバには制限が及ばないITPへの対応策と言われ、オーディエンスターゲティングを可能にします。
- 仮想のサーバ上で処理を行うためのコンテナで、直接的にサブドメインを発行するAレコード(*8)を利用し、クラウドで作成した新たなサブドメインでCookieを発行
- 3rdParty Cookieを1stParty Cookieとして処理することで、3rdParty Cookieの利用を可能にする
図5:サーバサイドタグの仕組み
Cookie規制(Web)に対応するソリューション:Cookie以外の共通IDでターゲティング配信
大手プラットフォーマーはユーザ情報(1stPartyデータ)を有するため"人"へのターゲティングを続けることができます。それらを持たないプレーヤーは対応策として、広告配信に利用できる共通IDでの運用を模索していますが、精度向上や事業者間の連携にはハードルがあり、現状では有効性は未知数です。
- ex)LiveRamp:データ接続プラットフォームを提供する米国のSaaS企業
- 広告主が持つ1stPartyデータを匿名化した上でID化し、Cookieや広告IDとマッチさせるIdentityLink技術を応用
- ログイン認証時のメールアドレスを暗号化してLiveRampの共通の広告IDに変換する
Cookie規制(Web)、IDFA規制(アプリ)に対応するソリューション
オーディエンスターゲティングとしてすでに利用されている以下の2つの手法は、個人情報に非常に近いデータを利用し、かつユーザ自身が制御することができない仕組みのため、IDFAなどと同様に規制は徐々に強化されています。
- FingerPrint計測(Web/アプリ)
- 広告主が自社のデジタル広告に接触したユーザーを識別するために使用する手法
- 位置情報やIPアドレス(*9)などの、デバイス(端末)特性からユーザごとの「フィンガープリント(指紋)」を作成し、ユーザの行動と照合して広告の効果計測を可能にする
- CNAMEトラッキング(Web)
- ドメイン名(*10)を管理・運用するためのシステム「DNS」を利用して、あるドメイン名を別のドメイン名(あだ名)にマップする
- 広告主のサブドメインとした広告事業者のCookieを発行し、1stParty Cookieとして処理することで、3rdParty Cookieの利用を可能にする
図6:CNAMEトラッキングの仕組み
ターゲティングを「人」から「枠」へ回帰するソリューション:コンテキストターゲティング(Web/アプリ)
Cookieや広告IDには依存せず、デジタル広告とコンテンツのマッチングを高めるという、原点回帰とも言える手法です。技術革新が著しい機械学習を取り入れた高精度のマッチングを武器に、各プレーヤーが新しいソリューションを生み出しています。
コンテンツターゲティングよりも優れているのは、コンテンツ内にあるキーワードや画像を機械学習で読みこみ、人間のように文脈を判断できる点です。これは、ユーザにポジティブな印象を与えるコンテンツに絞った広告配信を可能にします。また機械学習は、膨大な量のコンテンツの処理も可能にしました。国内外のアドベリフィケーション企業やアドテク企業、アドネットワーク企業などがこの分野のソリューションを提供しています。ただし、それぞれ強みや機械学習の精度が異なり、特に日本ではまだ実績も豊富ではありません。
図7:コンテキスト広告の例
(*8)Aレコード…ドメインをIPアドレスに置き換えるレコードのこと
(*9)IPアドレス…インターネットに接続された機器が持つ固有のナンバー
(*10)ドメイン名…ホームページアドレス(URL)やメールアドレスの一部として使われるインターネット上の住所表示
おわりに
Web領域では、プライバシー保護とターゲティングの両立を目指す新たな仕組み作りが推進され、iOSアプリ領域においては厳格なプライバシー保護規制のもと、独自のフレームワークで最低限のニーズを満たす動きがあります。
これからデジタル広告プレーヤーは以下の2つのアプローチから、広告効果の最大化を図っていくことになるでしょう。
- プライバシー保護とオーディエンスターゲティングの両立
- プライバシーに抵触しないコンテンツターゲティングの導入
1については、規制が今後も強くなることが予測され、非プラットフォーマーには厳しい道行きとなるでしょう。
2については、海外プレーヤーは高い技術力、国内プレーヤーは独自色を武器に参入が相次いでいます。直近では国内のDSPとの連携も進みつつあり、将来性は十分にありそうですが、その広告効果は発展途上です。
Google・Appleも含めてソリューションは乱立し、Web領域においてはGoogleの存在感が強いですが、アプリ領域においては有望な一手は登場していません。どのプレーヤーにとっても、いかに業界標準になり得るソリューションを提供できるかが、今後の成功の分かれ道となりそうです。